an elevator



「お嬢さん落とし物をしましたよ。」
その御老人は私の落とした白いハンカチを私に渡して
ゆっくりと御老人らしい微笑みを見せる。
「さぁ用は済んだだろう。とっとと消えろ。」
隣に立っていた隼人(はやと)が御老人に銃を向ける。
「隼人止めて。」
両手で銃を包む。
「いいんですよ。私はこれで失礼します。」
「さぁ、綾乃(あやの)様。」
隼人は私を急かす。
小さくため息を吐いてからエレベーターに足を進める。
『ドアが閉まります。』
聞きなれた声がいつものようにスピーカーから流れる
「酷いわ。」
「あんたとあれ以上関わると今度はあいつの命が狙われますよ。
立場を考えてくださいあんたはこの国の内親王殿下だ。」
いつも吸っているせいか煙草の臭いがふわりと香る。
「けど…せめて御礼ぐらい言わせてくれたってよかったじゃない。」
「それは失礼を。」
口元に小さな笑みが見える。
「あなたのそのわざとらしさが大嫌いよ。」
「それは残念。俺はあんたのこと好きですがね。」
また笑う。
「意地悪ね。」
「誰が?」
「あなたが。」
この人の笑みはどこかため息に似ていた。
「ねぇ。」
「何ですか?」
「目を閉じて」
「何故?」
「いいから。」
目を閉じたのを確認してから軽くキスをする。
初めてのキスはどこか煙草の臭いがした。
「けどそんなとこが好きよ。」
ドアが開く。いつもの声を私達に向けながら。
外に足を踏み出そうとしたら手を捕まれた。
「俺もですよ。」
耳元で隼人が囁く。
『ドアが閉まります。』
隼人がゆっくりと私の手を離す。
閉まるドアの間で隼人が煙草に火を点けた後
「あなたばっかりずるいわ。」
私が言ったことを聞いて
ほら、またあなたは微笑むの。