夏の色
あたし達はまるで姉妹だ。
この身長差も、遠慮なく喧嘩するのも、そしてすぐ仲直りするのも。
「待ってー!!琴、待ってー!!琴ー!!」
背中にリュックを背負いながら必至こいてあたしは叫びながら
短いコンパスで追いかける。
けど目的の人物はスタスタとあたしと比べて絶望的に長いコンパスで歩いてく。
「琴奈ー!!お前シカトすんなぁぁぁ!!ぶぁかーー!!
どう考えたって聞こえてんだろ琴のばかやろー!!」
さっきまであたしの数歩前を歩いてたのにすぐ綺麗な笑顔で振り返る。
「あはは気付いてた?」
「あはは気付いてた?じゃないわどあほがー!!うわぁぁ琴のばかー!!」
言葉とは裏腹にあたしは琴の長い腕を掴む。
「だってー止まんのめんどくさかったんだもん。」
「うわっ超酷い!!いいもんいいもんどうせあたしなんかあたしなんか…。」
「あーよしよしかわいそうにかわいそうに誰が華奈のこと虐めたん?」
ぐりぐりとあたしの頭を撫でながら悪戯っ子特有の笑顔を浮かべる。
「うっうっあのねあたしを虐めたのはねお前じゃ馬鹿野郎」
ぐっと握り締めた拳を軽く琴のほっぺに軽くつけると同時に
琴もあたしのほっぺに軽くパンチを当てる。
そして何事も無かったように次のクラスに足を進めながら
何気ないお喋りをする。
「ねぇーかぁ子かぁ子」
「なぁに?こっちゃん」
あたしは琴を見ながら答える。
「紙頂戴っ」
「ライン?それとも白いの?」
「白いの。」
ファイルから真っ白の紙を取り出してほい、と琴に渡す。
「今日は何描くの?」
「秘密ー。」
琴は絵を描くのが好きで、繊細で綺麗な絵を、描く。
絵を描き始めるとあたし達は
たまに言葉を交わすことがあるけど大抵が何も喋らない。
あたしは少しの間その作業を見てるけどすぐに飽きて
手紙を書き始める。他のクラスにいる友達に。
それか、絵を描いていない時には、琴はコンタクトを付けたまま寝ることが多い。
「ねぇ琴ー。」
右を向くと琴は真っ黒のリュックを抱しめながらよく寝てる。
あたしは苦笑しながら手紙を書き続ける。
琴はまるで眠り姫だ。そんな風に思う。
短くて黒い髪、長いまつげ。
琴より背が高い王子様を待ってるみたいだ。
けど王子がキスをしても気付かないで熟睡してそうだけど。
「もう学校終わっちゃったね。」
あたしは空を憎そうに睨み付ける
「うん…」
夏になったら琴は引っ越しちゃう。
手紙が届くのに何日もかかったり直接会えに行けない場所に。
「けど実感ないよ。なんか夏休み終わっても琴を学校の中で探しちゃいそうだよ」
「あはは。そうだねー。…あたしも全っ然実感ない。」
風がびゅうと吹く。あたしの弱さを一緒に連れ去ってくれればいいのに。
もう全然鳴かない蝉、北風に恋した太陽、木の葉達が舞い散る季節には
あたしの隣にもう琴奈はいないんだね。
「手ぇ繋いでいい?」
「え?」
琴はあたしより何センチも大きいから、
(それともボケてるせいかな)たまに少しだけ耳が遠い
あたしはよく琴の耳の遠さにヤキモチをぷくぷく焼いた。
「なんでもないよー。」
ふぃと顔を背ける。だってそんな恥ずかしい事もう聞けないじゃん。
あたし達の間に沈黙は似合わないはずなのに
今はおしゃべりすると琴が泣き出しそうで
抱しめたいけどあたしが泣きそうで。
だから一緒に歩いた。
一緒のとこじゃ歩けないから隣を歩いた。
コンパスの違うあたし達は少しだけあたしの方が遅れちゃう。
だから手を伸ばして琴の細い手に捕まる。
行かないで。
ぴったりと近付きながら言えない言葉を心に溜め込む。
「ねぇ琴ー。」
「何?」
今度はちゃんと聞こえたみたい。
「行かないでなんて言わないから安心してよー。」
心とはあべこべの事を綿毛にしてふぅと吹く
「えっ酷っそんな子に育てた覚えは!!」
やっぱりいつもの琴奈だ。
「だってさー1番寂しいのは琴奈じゃん?だから言わないよ。辛くなるじゃん」
少し笑って琴は空を仰ぎながら言った。
「けどあたしは寂しいって言ってくれた方がなんかいいかな。
自分で言うのも変だけど。けどなんか言葉で実感したいの。華奈が友達なんだって。」
声を上げてあたしは笑う
「そうなの?」
そうだよー。琴が返事する。
「ねぇ琴奈ー」
あたしは空を憎そうに睨み付ける
返事は、ない。
「あたし実感ないよ…」
今ごろ大きな空を飛行機に乗って泳いでる琴を思う。
「ほんとに。実感全然ない」
風がびゅうと吹く。あたしの弱さを一緒に連れ去ってくれればいいのに。
もう全然鳴かない蝉、北風に恋した太陽、木の葉達が舞い散る季節に
琴奈の隣にあたしはいないね。
「手ぇ繋いでいい?」
空に手をかざす
琴はもうあたしより何十メートルも高い所にいるから、
(それとも飛行機の中にいるからかな)たまに少しだけ耳が遠い
あたしは琴の耳の遠さに涙する。
「なんでもないよー。」
腕で顔を拭う。だってこんな顔なんて見せられないじゃん。
あたし達の間に沈黙は似合わなはずなのに
今はおしゃべりすると琴には届かなくて
抱しめたいけどあたしは小さすぎて
だから1人で歩いた。
隣はもう歩けないからいつもより広い道を歩いた。
すごくコンパスの違うあたし達はすごくあたしの方が遅れちゃう。
だから手を伸ばそうとした。けどもう捕まえられないよ…
「…行かないで。」
手の平を顔に押し付けながら言えなかった言葉を吐き出す。
「ねぇ琴奈ー。」
まだ琴には聞こえないみたい。
「行っちゃやだよ…」
心で正直に思ったことを綿毛にしてふぅと吹く
どうかどうか綿毛が風に乗って海を越えて鳥を追い抜いて
夏の色みたいな彼女に届きます様に。
そうどうか届きますように。